第3回能登訪問(一日目)概要

<施術時間・場所>
6月23日(日)13:00~17:30・三井公民館(輪島市三井町)

<参加者>
鍼灸師 4名〔藤田(石川県), 中村(岐阜県), 西井(兵庫県), 森川(兵庫県)〕

<受療者>
19名

<対象>
仮設住宅入居者 、避難所、近隣の被災者(被災者支援)
現地職員(支援者支援)

<活動内容>
鍼灸施術
セルフケア用品の無償配布(希望者)

<日程>
9:30 金沢駅 出発
11:00 河北郡内灘町視察
12:00 輪島市 三井公民館到着
13:00~17:30 鍼灸施術
18:00 撤収後、夕食に立ち寄り、宿泊先へ
20:00 志賀町のホテルにチェックイン

<詳細>
今回も、青年海外協力協会(JOCA)さんの協力で事前にチラシ配りやアナウンスがあったので、多くの方に施術を受けて頂けた。チラシをもって来られる方もいた。

施術を受けた方が、良かったからと声掛けをしてくださり、家族や友人も来てくださった。
仮設にお住いの方も、少し離れた自宅の方もおられたので、地域の繋がりを感じた。

三井公民館202406

三井公民館には、まだ避難されている方が生活されていた。
多くの方は三井の仮設住宅に入れていたが、知り合いもいない遠くの仮設が当たる方もおられた。
お体が不自由だと行動範囲も限られ、コミュニティに入れるか不安もある様子だった。

三井公民館鍼灸支援202406

鍼灸未経験の方が多い。
全体的に血圧が高め。
多くの方が平常の計測より高めだったようで、測り方やタイミングにも問題があったかもしれない(会場が階段を上がった2階にあるなど)。
小さな仮設に移り、便利になったが、動くことが減ったという声も多かった。

河北郡内灘町西荒屋地区は、金沢にほど近くにあるが、ここだけ液状化で大変な被害が出ていた。
震災で忘れ去られた地域ともいわれ、支援が遅れている様子。
傾いたままの家や電柱がそのままあり、住宅地であるのに、人の気配がとても少なかった。

河北郡内灘町液状化

今回志賀町の宿泊施設が営業を再開されたので、宿泊することができた。
近くの飲食店も営業されていて、この活動ではじめて温かい食事を頂いた。
輪島からは1時間強かかるが、温かいお風呂と食事は大変有り難かった。

(報告者:森川 彩子)

5年振りの南三陸町

こんにちは。レンジャーピンクの森川彩子です。

先日、コロナで暫く訪問できなかった東北、南三陸へ5年ぶりにお伺いしました。

5年前はスケジュールが合わずにお伺いできなかった、登米市の『奏海の杜』(交ゆう館かなみ)のスタッフの4人の方に施術させていただきました。
『奏海の杜』が新しい拠点になってからはじめての訪問でした。

震災の翌年から施術を受けて下さっている方にもお会いできて、8年ぶり10回目の施術をさせて頂きました。
施術を楽しみに待っていて下さってとても嬉しく思いました。
ご自身やご家族、以前スタッフだった方の近況もお伺いできました。
当時中学生だった娘さんが結婚されて、お孫さんも生まれた、という嬉しいニュースも聞けました。

南三陸は津波によって町がまるごと無くなってしまった程の被災があって、印象に残る土地です。
今、住人の方々の多くの家は高台の登米市に移されています。

南三陸には新しく『追悼モニュメント』、『南三陸311メモリアル』が造られていました。
土地を高く盛り上げた場所にあるモニュメントに立つと、町はなく、海まで見渡せます。
ここに商店街があり、家々があり、仕事があり、暮らしがあったんだと、改めてこの土地の悲しみが想われます。

『南三陸311メモリアル』での映像展示は、災害を自分事として考えられるよう工夫されていました。
正解はないが、災害に遭遇する場所やタイミングで何が起こりそうか、何ならできそうか、なるべく具体的に想像して欲しい、というメッセージが伝わりました。

南三陸の風景は、雨がちのお天気もあってか、まだ深すぎる傷をみるようでしたが、整備されたばかりなので、これからはもっと馴染んでゆくのかもしれません。
季節の花が咲いたり、近くのさんさん市場の賑わいができたり。

『奏海の杜』のスタッフさんに「また来てください!」と声をかけて頂きました。
今回はスタッフの方だけでしたが、「利用者の子ども達にも鍼灸は良さそう」と期待も持たれていました。
13年経ちますが、いつなら癒えたといえるのかわかりません。
鍼灸を待っている方もおられます。
たくさんの方の想いや知恵や工夫で新しくなっていく南三陸にまたお伺いしたいと思います。

かなみのもり

第19回東北訪問概要

5月27日(日)宮城県 南三陸町・登米市

<場所>
NPO法人 奏海の杜(交ゆう館かなみ)

<施術時間>
12:30〜15:00

<参加者>
鍼灸師 2名〔森川×2(兵庫県)〕
調整員 1名

<受療者>
4名

<対象>
現地職員(支援者支援)

<活動内容>
鍼灸施術

<詳細>
仙台で開催された鍼灸学会への参加に合わせて、コロナ禍前の最後の訪問地であった南三陸町に5年ぶりにお伺いしました。
今回は鍼灸師が2人なのでコンパクトな活動となりました。

まず25日〜26日、仙台国際センターで開かれた全日本鍼灸学会に参加。
災害時における鍼灸支援の「現状」として、はり灸レンジャーの長期的支援についての発表を行いました。

鍼灸学会シンポジウム発表

翌27日レンタカーで南三陸へと向かい、新しく建設された南三陸311メモリアル、追悼モニュメント、旧防災対策庁舎のある「南三陸町震災復興祈念公園」を視察。

総合防災庁舎

高く土地が盛られていて、元の位置に遺された旧防災対策庁舎がとても低く感じました。
5年前は工事中だったので風景は様変わりしています。
遺族の方は、庁舎の取壊しを望まれましたが、宮城県の管轄となり、遺される事が決まったようです。
私たちにとっては、津波の恐ろしさを知ることが出来る貴重な遺構となります。

南三陸町総合防災庁舎

南三陸311メモリアルのプログラムや展示は、震災が起きたら何ができるのか、自分事として考えられるように工夫されていました。
被災された方にとっては、当時を思い出すつらい内容かもしれません。
災害を経験したことがない人にとっては、防災や訓練の大切さ、人の命の尊さを実感できる内容です。
南三陸町を訪れた際は、是非、体験して欲しいプログラムでした。

南三陸311メモリアル

続いて、5年前はスケジュールが合わず伺えなかった『奏海の杜』の「交ゆう館かなみ」にお伺いしました。
新しい拠点に移られてから、初めての訪問です。

にこまーる

今回は平日昼間ということもあり、放課後デイの子どもたちはおらず、スタッフの方4人の施術をしました。
初めての方も2人おられましたが、鍼灸の効果を感じて喜んで下さりました。
セルフケアもしっかりお伝えすることができました。

奏海の杜「交ゆう館かなみ」

2012年から施術を受けて下さっている懐かしい方にもお会いでき、8年ぶり、10回目の施術をさせて頂きました。
近況もお伺いできて、とても嬉しかったです。
震災当初は鍼灸の経験もなく、コワゴワでしたが、今では楽しみに待ってくださっていました。
ご家族へのセルフケアもお伝えできて良かったです。
これを機に、またコロコロしていただきたいと思います。

今回の訪問は、震災から13年が経ち、被災地支援とは言えないのかもしれません。
それでも訪問を待ってくださる方がいて、私たちも会いたいと思う、そんな関係性があります。

これからも顔の見える繋がりを大切にしていきたいです。

(森川)

第二回輪島でのボランティアを終えて

こんにちは。

はり灸レンジャーパープルの西井牧子です。

 

3月に引き続き、4月もはり灸レンジャーの一員として輪島市内にて鍼灸治療をさせていただきました。

報告がすっかり遅くなり、申し訳ありませんでした。

 

第1回目の鍼灸治療は輪島朝市にほど近い、輪島KABULETにて2日間活動しました。

今回は輪島中学校、河原田公民館、輪島高校での活動となりました。

 

前回と同じ輪島市内での鍼灸治療でしたので、前回施術させていただいた方に再会できるなど、嬉しい訪問となりました。

 

しかし発災から4ヶ月が経ち、避難所の方々の疲労も色濃く、不眠をはじめ様々な自律神経症状が出ていらっしゃる方もおられました。

 

施術後は、楽になったと多くの方に喜んでいただきました。お配りしたローラー鍼やお灸でセルフケアをされながら、少しでも楽な状態が続いていただけたら…と切に願います。

 

金沢から奥能登方面へ向かう道路もまだガタガタでライフラインも一部復旧されず、まだまだ不自由な暮らしを強いられています。そのような中でも被災者の方同士が労りあいながら支え合われていました。

印象的だったのは、避難されているにもかかわらずボランティア活動に励まれている方がおられたことです。

 

今回私たちはり灸レンジャーの活動に全面的に協力し支えてくださった現地のボランティアのみなさまへ、心から感謝申し上げます。

 

今後はり灸レンジャーとしての輪島での活動は、6月、7月と続きます。

少しでも、被災された方々のお辛さが和らげる様、お役に立てたら嬉しいです。

被災地ボランティア活動所感(第2回能登訪問)

今回はり灸レンジャー(以下レンジャー)の被災地ボランティア活動に初めて参加した鍼灸師の藤田英一(神戸東洋医療学院2期生)と申します。生まれは石川県能登地方の志賀町というところですが、現在は石川県加賀地方の白山市に住んでおり、出張専業鍼灸師として細々とやっております。今回の地震で白山市もかなり揺れましたが、大きな被害もなく日常生活を送っています。同じ石川県にいながら自分と被災地の方々とのこの大きな境遇の違いは?と思いながら日々過ごしておりましたが、なかなか被災地を訪れる機会もなく、今回無理を言って急遽第2回能登訪問に同行させて頂きました。レンジャーも私を温かく迎え入れてくださり、その懐の深さ、大変感謝しております。

今回の活動内容の詳細は他のメンバーの方も述べられていますので割愛させて頂きますが、被災地における鍼灸ボランティア活動は被災地の方々にとってはもちろん、我々鍼灸師、そして鍼灸業界にとっても大変重要で有益であるということ、それは皆同じように感じていると思います。

初めてレンジャーの活動に参加し、多くのことを勉強させて頂きました。施術場所の設営や準備、撤収、掃除等の手際の良さ、何事にも臨機応変に対応出来る柔軟性、熱いものを胸に秘めながらも冷静沈着に行動される姿、被災された方々への接し方など、感心致しました。これらは長年の活動で培った経験値の高さから来るものだと思いますが、やはり人間性によるところが大きいのではないでしょうか。また活動を円滑に進めるためにサポートして頂いた現地コーディネーターや被災地支援の方々、そして何よりも被災された方々には本当に感謝しかありません。

なんちゃって鍼灸師の私は、到底レンジャーのレベルに達することは出来ませんが、無理な背伸びをせず、自分が出来ることを精一杯やるだけだと思っております。決して自己満足で終わることなく、被災された方々の何かお役に立てればと。今回同行させて頂き、被災地における鍼灸ボランティア活動の必要性の確認、そして鍼灸の素晴らしさを再確認させて頂きました。

最後になりましたが、被災地の一刻も早い復旧復興、被災された方々の健康、そして明るい未来を祈っております。

202404藤田先生

はじめての能登訪問

はり灸レンジャーピンクの森川彩子です。

4月28日(日)〜29日(月)の2日間、第2回能登訪問に参加させて頂きました。
私自身は能登へは初めての訪問でした。

1日目は輪島市の輪島中学避難所、2日目は2手に分かれて、輪島市河原田公民館避難所と輪島高校避難所での活動でした。
多くが鍼灸が初めての方でしたが、2日間で57人の方に施術を受けて頂きました。

肩や腰などの痛み、不眠、便秘の訴えが多く聞かれました。
集団生活で音を立てないようにトイレを控えている方もおられました。
避難所では水が出ますが、周辺の家々にはまだ水が出ないということでした。
避難所では血圧が高い方も多くおられました。
ご不便な生活が長く続いていることも影響していると想像します。

鍼灸をすると、体が軽くなった、楽になった、という声が聞かれました。
一時の効果だけでなく、地元鍼灸院の紹介や、ご自身でできるセルフケアもお伝えしました。
なんとか毎日を乗り切って頂きたいと思います。

輪島では5月末を目処に避難所を閉所して仮設住宅や自宅へ移れるようにしていくようです。
今回輪島では宿泊施設が再開しておらず、支援者は金沢から2時間半かけて通う必要があり、十分な支援ができない状況でした。
沢山の方々が復旧作業に取り組んでおられますが、被害が大きかった、ということだと思います。
東北や熊本に比べてもご不便が長く続いている印象があります。
まだまだ手厚い支援が必要だと感じました。

はり灸レンジャーとしては、7月末までに2回訪問を予定しています。
少しでも被災地を応援できるよう、活動を続けたいと思います。

2024年4月28日輪島中学校森川

第2回能登訪問(二日目)概要

4月29日(月祝)石川県 輪島市

<施術時間・場所>
11:00~15:30・河原田公民館 図書室(輪島市西脇町)
13:00~15:30・輪島高等学校 避難所(輪島市河井町)

<参加者>
鍼灸師 5名〔藤田(石川県), 森野(愛知県), 西井(兵庫県), 森川×2(兵庫県)〕
調整員 1名

<受療者>
河原田公民館・17名
輪島高校・13名

<対象>
避難所被災者(被災者支援)
現地職員(支援者支援)

<活動内容>
鍼灸施術
セルフケア用品の無償配布(希望者)

<日程>
9:00 七尾市避難所 出発
10:15 輪島市 河原田公民館到着
11:00~15:30 鍼灸施術
※ 途中から2班に分かれて活動
13:00~15:30 輪島高校にて鍼灸施術
16:00 撤収後、金沢駅へ向けて出発
18:30 金沢駅にて解散

<詳細>
今回の能登支援では、JOCA(青年海外協力協会)の手厚いサポートのお陰で、施術に集中することが出来ている。
被災地での活動は、多くの支援団体の協力で成り立っている。

その現地支援団体から「体が軽くなった」「疲れが取れた」「また来てほしい、ありがとう」といった施術後の感想を伝え聞けることも嬉しい限りである。

輪島市 河原田公民館

今回、前回と場所は違えど同じ輪島市内ということで、前回受療された方とも出会えた。
「ローラー鍼、使っているよ」と、有難いお言葉も聞けた。
ケアするポイントを再度お伝えすることで、セルフケアも定着すると考える。
再訪問することの重要性を感じる瞬間である。

前回とは異なる場所で単純に比較は出来ないが、血圧の高い人が多かった。
同じ輪島市内の避難所でも、その環境は大きく違った。
ワンタッチテントや段ボールハウスでプライバシーが守られている所もあれば、段ボールベッドと低い仕切りだけで生活の場が丸見えの所もある。
ただ、それも施術環境と同じで一長一短あり、プライバシーが不十分と思われるところは逆に目が届きやすいという利点もある。

発災から4か月が経つが、思いのほか、復旧・復興に時間を要している。
輪島に残る人から「仮設住宅に中々当たらない」といった切実な声も多数、耳にした。
日常に戻るまでには、まだ遠いと感じる。

これまでの被災地に比べ、ボランティアの数も圧倒的に少ないようである。
今後も支援団体と連絡を取り合って、支援の必要な人や所に支援を続けていきたい。

(ブルー:森川真二)

第2回能登訪問(一日目)概要

4月28日(日)石川県 輪島市

<場所>
輪島中学校 避難所(輪島市河井町)

<施術時間>
13:00~18:30

<参加者>
鍼灸師 5名〔藤田(石川県), 森野(愛知県), 西井(兵庫県), 森川×2(兵庫県)〕
調整員 1名

<受療者>
27名

<対象>
避難所被災者(被災者支援)
現地職員(支援者支援)

<活動内容>
鍼灸施術
セルフケア用品の無償配布(希望者)

<日程>
9:30 金沢駅前レンタカー出発
12:00 輪島市役所 健康福祉部 ご挨拶(福祉課長不在の為メモにて伝言)
12:30 現地支援団体と合流後、輪島中学校 避難所 到着
13:00~18:30 鍼灸施術
19:00 撤収後、宿へ出発
20:00 七尾市にある避難所の2階で宿泊(連携団体の災害拠点場所)

<詳細>
金沢駅から輪島市中心部まで、依然として起伏の激しい道路もあり、片道2時間以上を要した。
奥能登へ支援に入ることの大変さを未だ感じる。

今回も現地支援団体の調整により、輪島中学校 体育館の避難所の一角にて、鍼灸施術。
事前の告知や当日の呼びかけもして頂き、今回も多くの方々に施術を受けて頂けた。

輪島中学校避難所

広い空間の為、マスカーテープによる目隠しが難しく、ワンタッチテントなどの必要性を感じた。
その反面、通りがかった避難者の方々が、施術の様子を見て、受療につながるという利点もある。
個人のプライバシー保護の観点と、広く知って貰いたいという願いの挾間で、悩ましい所でもある。

輪島中学校避難所2

避難所での暮らしも中長期に渡り、心身の苦痛に意識が向くようになってきている。
首肩こり、腰痛、膝痛といった痛みから、倦怠感、睡眠障害など、その症状は多岐にわたる。
避難生活が長くなる一方、避難者同士や、支援者との間で、顔なじみの関係も出来ており、鍼灸施術を誘い合う場面もあった。

また、避難所には外部の都道府県からの応援も入っている。
そういった支援者にも慣れない職務や生活での苦労を感じることもある。
現地の被災者優先の支援にはなるが、空いた時間などでは施術を受けて頂きたい場面もある。
しかし、被災者の前では、同じように施術を受けづらく、遠慮されることがほとんどである。
「被災者支援」と「支援者支援」の場所は、別の方が良いと感じた。

今回も鍼灸を受けたことが無い方も多かったが、「こういう機会でもないと受けることは無いから」と、初体験される方もおられた。
施術前は緊張で強張っていたお顔が、施術後は清々しい笑顔になられていくのも印象的でした。
これを機会に、地元の鍼灸院へとつながってくれると、私たちの活動もさらに意味のあるものになる。

避難所生活の一長一短、どちらも感じる機会となった。

(ブルー:森川真二)

はじめての被災地での治療

今回初めてはり灸レンジャーとして参加させていただきました森野と申します。
被災された皆様心からお見舞い申し上げます。

被災された方を治療するということは、日常行なっている治療とは違って会話の内容、治療の仕方など「これでいいのだろうか?」「どんな話をすればいいのだろうか?」と、手探りでの治療でした。

私が治療させていただいた方の所見

・望診
眼の輝きがなく、動きも鈍い
顔色は薄く黒く艶がない、表情はあまりない
年齢問わず、動作が遅くなり反応は鈍くなっている
舌診では、舌苔の多い方が多く、胖大で歯痕が目立つ

・聞診
声が小さく小声で話す(元気そうに見えても治療する際には小声)
口数が少なく、無口の方が多い

・問診
腰痛、頸肩部痛、頭痛、不眠などだが多くは語らず

・切診
脈診では、沈脈、濇脈、遅脈、濡脈、微脈の目立つ方が多い
腹診では、心下痞硬、胸脇苦満、小腹不仁の方が多い
心、肝、腎の診所に反応が多い
体表切診では、ほぼすべての方に足の厥冷が顕著であるが、問診では冷えは訴えない

・『証』は、
四診法から決めたが、肝病、腎病、脾病、肺病、心病それぞれありました。

・『治療』は、
「首が痛い」と訴える頸部に直接鍼灸治療をするか?
「首が痛い」となっている、身体の病の源を治療するか?
迷いましたが、治療院で行なっている患部の頸部はあまり触らず、
四診法から病の源を見つけ出し、病の根本から治療しました。

「こんなに楽になったのは、はじめて!」
「感動しました」と、
両日ともに、涙を流されて喜ばれているのを見て、私も涙腺が緩みました。

私達が活動をさせていただいた施設から歩いてすぐには、大規模な火災があった輪島市の市場がありました。
そこで見た市場は、まるで戦争の後のような光景で全身の力が抜け呆然としてしまいました。その倒壊した建物を目のあたりにして「少しでもちからになりたい」と、改めて活動への気持ちが強くなりました。

宿泊は、輪島市に近い七尾市の避難所の二階に宿泊させていただきました。
避難所のボランティア団体の方々は、みなさんとても明るくてユーモアのある方々が多くこころが和みました。その避難所での段ボールベットや屋外の仮設シャワーも利用させていただきしっかりと休養出来ました。
両日ともに施術を受けられた方のほとんどが熟睡できていないとの訴えがあり、日常での治療との違いを感じた。
森川さんをはじめとしたはり灸レンジャーの皆様の温かいお言葉、とても励みになりました。

20日は天候が急激に悪化するという石川県の友人からの連絡があり予定より早くの撤収でしたが、ノーマルタイヤの自家用車で金沢まで行った私は金沢西から帰路についたが、北陸自動車道を30分くらい走行したころから猛吹雪に襲われ、「冬用タイヤ規制中」の電光掲示板が連続したが降りず走行を続けた。
ところどころで雪が積もっており最悪2~3日高速道路上での滞在も覚悟して、まったく視界が視えず後ろからの後続車も来ない恐怖が数時間一宮まで続きました。

今もなお恐怖感が残っておりますが、次回からは公共交通機関を使用しての参加にしようと思います。
今後も能登半島の方々のおちからになれれば幸いです。

よろしくお願いします。

森野先生輪島202403

第一回能登訪問 感想

こんにちは。はり灸レンジャー隊員の清水です。

今回、能登へ訪問して思ったことは、やっぱり
「行ってみないと分からない」
この一言に尽きます。

震災直後の報道ではボランティアの訪問を制限するような呼びかけがあったことが印象的でしたが、
それがなぜなのか、実際に金沢から輪島に向かう道をレンタカーで走ってみて分かりました。

奥能登へ向かう主要道路である「のと里山海道」は、地震の影響で所々が思わぬ場所で隆起したり陥没したり、10〜20センチ程度の凸凹が無数に生じていて、天気の良く視界の開けた数時間の車移動でも、車酔いのような気持ち悪さを感じました。

(帰りは少し慣れましたが、震災直後の雪が降る中、修復もままならない状態で能登入りした人たちの中には、道の段差に気づかず横転したり、道なき場所に突っ込んでしまった車もあったそうです。あの震災直後に能登へ行けたのは雪道の運転に慣れていることはもちろん、悪路への運転へのある程度の覚悟と経験が必要だったのだなと思いました。)

そして、こうした道を毎日利用している地元の人たちの三半規管は大丈夫なのか…と心配になりました。

はり灸治療活動をさせていただいた輪島KABULETは輪島市の中心街にある入浴施設で、今は被災した方達の入浴場所として開放されています。

その一室をお借りできたこと、また施設のスタッフの方たちが事前にチラシを貼って地域の皆様にお声がけくださったおかげで、二日間でのべ56人の人たちへはり灸治療を受けていただくことができました。

お話を聞きながら治療させていただいて印象的だったのは、皆さんとても優しいこと。

ご自身も被災されてお家も危険度高と認定されているにも関わらず、全壊で(家に)帰れない人たちに申し訳ないと車内での寝泊まりや危険な家に戻って生活されていたり。
お身体を拝見し、日常生活であれば早く検査を受けて欲しいとアドバイスするような方でも「もっと大変な人もいるから…」と慮って、病院受診を躊躇っている。

この、「相手を思う気持ち」と「自分を大切にすること」のバランスが崩れてしまうのも、震災の二次被害と言えるのかもしれません。

そして、よその土地から来る私たちだからこそ何のしがらみもなくただただ言える「体を大事にして!」という言葉が、
ほんのちょっとでも、何かのきっかけとなるといいなと思います。

今回、はり灸治療を受けてくださった高齢の方の何人かが「あっさりした!」とニコニコ顔で言ってくださいました。
「あっさり」とはこの地方の言葉で「体が軽くなった、すっきりした」という意味だそうです。

あっさりという言葉を目や耳にするたびに、おばあちゃんたちの笑顔を思い出しています。

清水先生輪島202403