日本災害医学会総会・学術集会の振り返り

3月6日(木)〜8日(土)の日本災害医学会総会・学術集会記念大会の最終日、木村はJLCDAMの活動場所で鍼灸マッサージ体験のスタッフに加わりました。

初参加で右も左もわからない中、段取りをしてくださる先生の細やかなメールや、前日に参加した仲間の情報もあり、予定時刻丁度に無事辿り着きました。

一緒に活動した先生方も皆様親切で、安心して活動する事ができました。

短い時間でしたが、医療従事者、学生、ほか様々な業種の方の話を聞かせて頂きました。

各地の災害現場で活動をされた方や、被災者側の立場の方、実際に経験された方の言葉は心に響きます。

災害の多い日本ですが、この方々がいてくださる事は本当に心強いです。

災害のない事を願いつつ、有事の際には彼等の存在を心の支えに踏ん張って乗り越えたいものです。

最終日という事で、どなた様もそれぞれ帰路に着く頃でした。

北から南まで、またそれぞれの日常に戻っている頃だと思います。

新生活が始まる方も、これから益々のご活躍を応援する気持ちで関わらせて頂きました。

マッサージを受けている方が『被災地でこのように鍼灸マッサージを提供するのは必要な事だと思う』と言ってくださいました。

これまでの活動が肯定されたような気がしてとても嬉しかったです。

ご縁のあった皆様に恥じないよう今後も活動を続けていきたいです。

このような貴重な経験の場を紹介・提供して頂いた皆様に厚く御礼申し上げます。

日本災害医学会2025

 

(木村)

災害医学会名古屋大会行ってきました

先日の3月6、7、8日の3日間にわたって

ポートメッセ名古屋で開催された

日本災害医学会総会・学術集会にて、JLCDAM(日本災害鍼灸マッサージ連絡協議会)主催の、鍼灸マッサージ体験ブースの活動に参加してきました。

日本災害医学会

 

総会の参加者の多くは医師・看護師をはじめとした医療関係の方々。

マッサージさせて頂く短い時間の中でしたが、災害支援へどのように関わっているか、実際の現場派遣のお話、今回の総会発表についてなど…

ほんの少し施術させて頂く中でお聞きしたリアルなお話はどれも貴重で、鍼灸ボランティアとはまた違った世界を垣間見ることができました。

ニュースでは当たり前のように『医療スタッフが現場入りしました』なんて報道されるけど、あの段階に至るまでにどれだけの日々の下準備があるのか。

災害の経験をまとめて、分析して、色んな視点で、色んな角度で、沢山の人が考え抜いて『次』に備えている。

そんな積み重ねがあっての今なんだな、と

改めて知る事ができました。

そしてほんの少し、そんな場所に関わる機会を頂けたことに感謝の日でした。

日本災害医学会JLCDAM

 

(中村)

能登半島支援に対する助成金Ⅱ

はり灸レンジャーの活動に対して、日本財団様より「令和6年能登半島における地震・大雨被害に関わる支援活動」として助成金をいただけることになりました。

日本財団助成金

 

豪雨後の2024年11月から2025年3月までの活動が対象です。
その場限りの鍼灸施術だけではなく、希望者にはセルフケア用品を無償で配布して、被災者の方自身による健康維持をお願いしたいと思います。

私たちが支援に入っていた地域では、9月の大雨による、度重なる被災がありました。
やっとの思いで仮設住居に入居されたにも関わらず、また避難所暮らしに戻られた方もおられます。
これからの寒い冬も越えなければいけません。

被災地では、まだまだ大変な状況が続いています。
引き続き、ご支援ご協力よろしくお願い致します。

「ご寄付について」

(森川)

災害鍼灸ボランティアのセミナー講演

はり灸レンジャーの森川です。

先週末、能登支援3回目の訪問活動中、メンバーの多くが卒業した神戸東洋医療学院のOB会総会があり出席してきました。

総会に引き続き、卒業生と学生が対象の合同セミナーがあり、「鍼灸ボランティアのはじめ方」というタイトルで、はり灸レンジャーの東北、熊本、能登半島での災害支援活動についてお話しさせて頂きました。

神戸東洋医療学院OB会セミナー2024

 

はり灸レンジャーの成り立ちから、卒業生同士のつながり、被災地の様子、鍼灸でどんなことをしてきたか、ボランティアを始めるために必要なことなど。

実技も入れて欲しいということで、セミナー会場を「避難所」と見立てて、ベッドの設営から施術の様子も紹介。
実際のボランティア現場では一人で活動することが無いので、とても焦りましたが、90分間、あっという間に時間は過ぎました。

何か忘れている気がしてならなかったのですが、案の定、片付けしている時に、いくつか紹介し忘れていたものに気付きました。
(写真にも写っている、机の目の前にも置いてある、エアマットなど…)

それは慌ただしいボランティア活動中でもあることで、準備がいかに重要か、改めて学ばせて貰いました…

セミナー後に、災害支援に興味のある学生さんが声をかけてくれたり、紹介した災害支援研修を申し込んでくれたりと、早速、行動に移してくれていることが嬉しかったです。

被災地で大変な思いをされている方々にもっと支援が届くように、発信も続けていきたいと思います。

(ブルー 森川)

第73回全日本鍼灸学会学術大会@宮城

毎年、年1回、全日本鍼灸学会の学術大会があります。
今年2024年は宮城県初開催で、仙台国際センターが会場でした。

昨年の神戸大会に引き続き、13年前の東日本大震災の地ともあって、災害支援についてのプログラムも組まれていました。

 

災害支援の「現状」ということで、はり灸レンジャーの長期支援について紹介させて頂きました。

長期的な支援は、はじめから意図していたものではなく、東北の復興に時間を要したことや、現地団体や被災者の方々からの要望に応える形で、実現したものになります。

長い復興過程では、生活再建が上手くいく人と、取り残される人の格差が徐々に開いていく「鋏状(きょうじょう・はさみじょう)格差」という問題もあります。
私たちが対象としてきた支援の届きにくい人や場所では、その支援の必要性をより感じます。

そういった長期支援の必要性、今後の課題などを、お話しさせていただきました。

全日本鍼灸学会シンポジウム

 

その他、災害鍼灸の「期待」、「課題」、そして能登半島地震の支援報告など、6人の鍼灸師や医師の発表があり、その後、討論も行われました。

私は初めてのシンポジウムで緊張しましたが、座長の先生をはじめ、他の立派な先生方のお陰で、何とか大役を務めることが出来ました。

全日本鍼灸学会 シンポジウム討論

 

災害支援に携わってくれる人が少しでも増えれば良いなと思っていたら、シンポジウム後に、参加の学生から「災害支援の為に何かできることは?」という有難いメッセージも頂けて、少しは貢献できたのかなと。

私たちの活動や鍼灸のことを知って貰う為には、こういう発表も大切なことだと改めて思いました。

今後も機会があれば発信していきたいと思います。

(ブルー 森川)

能登半島支援に対する助成

はり灸レンジャーの活動に対して、日本財団より「令和6年能登半島地震に関わる支援活動」として助成金をいただけることになりました。

日本財団助成金

 

2024年7月までに4回の能登訪問を計画しています。
その場限りの鍼灸施術だけではなく、希望者にはセルフケア用品を無償で配布して、被災者の方自身による健康維持をお願いしたいと思います。

小さなグループの小さな活動ですが、支援の届きにくい人や場所に向けて、これからの復興の一助となるように、支援を続けていきます。

引き続き、ご支援ご協力よろしくお願い致します。

ご寄付について

(森川)

日本災害医学会と能登半島支援

令和6年能登半島地震により亡くなられた方々に心からお悔やみを申し上げるとともに、被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

こちらのブログ記事はしばらくご無沙汰しておりました。

それはコロナ禍で現地訪問を控えていたこともありましたが、身近に大きな災害が無かったということもあります。

その間、これまでの活動をまとめて報告したり、他団体との連携や、災害支援研修へ参加したりと、今後来たる災害に備えておりました。

その一つが、今年の2月に京都で日本災害医学会学術大会への参加です。
そこでの発表の準備を進めていたところ、大きな震災が発生してしまいました。

学会の参加も躊躇しましたが、能登半島支援に携わる多くの方々の報告もあって、今現在の被災地や支援の様子も知れるということで参加しました。

日本災害医学会@京都

思っている以上に能登地震の被害は深刻です。

ある演者の方が、「当初、被害の様子が伝わってこなかったことも、この震災の深刻さを表しています」という言葉も印象的でした。

今現在も多くの方々が支援に入られていますが、復興には時間がかかりそうです。

細く長くの支援が特徴の私たち「はり灸レンジャー」も3月に現地入りすることが決まりました。

急性期が過ぎつつあるこれからの時期も、必要な支援があることでしょう。

まずは現地の支援団体と連携して、これからの活動方針を決めていきたいと思います。

今後の 活動予定活動報告 は、また随時お知らせいたします。

なお、鍼灸マッサージによる災害支援については、日本災害鍼灸マッサージ連絡協議会(JLCDAM)で集約されています。

本当に多くの人や団体が災害支援に関わられていることを、はじめて参加した災害医学会でも改めて感じました。

はり灸レンジャーもその一支援として、被災地の為にできることを考えていきたいと思います。

(森川真二)

最近の活動

こんにちは、はり灸レンジャーブルーの森川です。
随分、ご無沙汰してしまいました。

昨年からの新型コロナウィルスの感染拡大により、東北や熊本など被災地への現地訪問ができなくなっています。
次回の訪問を約束していた中での不測の事態で、残念な気持ちでいっぱいでした。

私たちメンバー一同も、それぞれの日常生活や仕事において、先の読めない状況が続きました。
昨年一年間は、被災地のことが気になりながらも、グループとしての活動はできないままでした。

そんな中、今年に入って毎月オンラインで開催されている「日本災害鍼灸マッサージ連絡協議会」の会合に参加させて頂いております。
災害時の連絡や情報共有の為に、全国の災害支援に関わる鍼灸マッサージ師の各団体で結成された会になります。

その会合をきっかけに、グループ内でもリモート会議が実施されるようになりました。
昨年中も被災地のニュースや現地団体とのやりとりは、連絡網を使ってシェアされていましたが、やはり顔を合わせての話し合いが大事と感じます。

そして一昨晩は、その連絡協議会の方で、私たち「はり灸レンジャー」の活動紹介をさせて頂きました。
私たちの団体の設立経緯から、活動の特徴、今後の課題などもお話しさせて頂きました。

すると、私たちが当たり前のように出来ていたことが、そうでもなかったり、逆に出来ていないこともわかるようになります。
自分たちのことは、回りからの方が、よく見えることもあるようです。

連絡協議会には、いろんな立場で、鍼灸で困っている人の役に立ちたい!という思いの人が集まっています。
たくさんのご意見やご助言を頂くこともできて、毎回とても為になります。
共通するのは、災害時に限らず、「平時における取り組み」というのが、一つのキーワードに思います。

コロナ禍で出来ることは限られていますが、私たちの身の回りでも何か出来ることはないか、常にアンテナを張っておきたいと思います。
そして、コロナが落ち着いた頃に、これまでご縁のつながっている地域に、またお伺いしたいと思います。

(森川)

西日本水害の被災地を訪問して

8月12日、はり灸レンジャーが連携している 鍼灸地域支援ネット のボランティア活動に参加させて頂きました。
今回、「水害」の被災地に入るのは初めてでした。
場所は、報道でもよく見聞きする、岡山県の真備町です。
個人的には、学生時代を過ごした県でもあり、思い入れのある場所でした。

災害直後から現地入りされていた鍼灸師先生に、被害の様子も伺いながら避難所へ向かいます。
泥をかぶり使えなくなった家財などが、道中の至る所に積まれていました。

倉敷市真備町20180812

それでも、だいぶ片付いた状態だったようです。
また、道路一帯が白く、泥水に浸された様子がわかりました。
この「泥」が、結構やっかいなようです。
後ほど、施術中に伺った言葉が印象的でした。

 「泥が拭いても拭いても取れないんや」

雑巾を何度も洗っては絞り、中腰での作業も続き、腕、肩、腰、疲労が蓄積されていました。
避難所での狭いスペースでの生活が、それに追い打ちをかけます。
被災者ご自身が家の片付けや泥出しに積極的に関わっておられ、肉体的な疲労が施術を通してよく感じられました。
そして、そのように日中はご自宅の片付けなどに出ておられることも多く、鍼灸マッサージのニーズが、夜間(晩食後~消灯迄)に多いことも、今回気付かせてもらいました。

そもそも、はり灸レンジャーとしては、少し時間が経ってからの仮設住宅や事業所での活動が多く、こういった「避難所」への訪問は多くありません。
避難所の付近には、被災した様子が残っていて、災害の恐ろしさ、被災者の苦労やつらさというものがより実感できました。
生活が少し落ち着いたころからの、はり灸レンジャーの「細く長く」や「セルフケアを伝える」ような支援も必要だと考えています。
しかし、今回のボランティアを通して、被災後早くに現地に入りその光景を見て、避難所での被災者の声を聞くというのも、支援をしていく上で必要なことのように思いました。

また、こうして他の団体、個人でボランティア活動されている、同じような境遇や志を持った鍼灸師先生とお会いできたことも有難いことだと思いました。
こういった連携や、横のつながりを作られている 鍼灸支援ネットさんに感謝です。
またこういった経験を、はり灸レンジャーとしても共有して、次の活動にもつなげられればと思います。

(ブルー 森川真二)
 

東北の現状を大阪で聴く

舟橋寛延 はり灸レッド

 はり灸レンジャーとして初めて参加したポジティブ文化祭は、楽しい一日でした。新たな鍼灸師レンジャーも加わり、私たちの治療ブースは熱気に包まれたものです。

 治療の様子などは他のメンバーがすでに報告していますので、そちらにゆずり、私は当日、東北から参加した現地の方々から得たお話をご紹介します。

 最も関わりが深いと言って良い宮城県南三陸町の「奏海の杜」(かなみのもり)のスタッフDさんから伺った話。

 「南三陸町は人口流失が激しく、事業展開が容易ではない。人口の減少は統計に表れているよりもずっと多いと思う。特に若い世代が減っているのは深刻。」

 また、南三陸町はもとの中心地がかさ上げされ、もう以前とはまったく違う光景になっていると言います。私も1年半以上お邪魔していないので、想像しにくいです・・・。

 今後のボランティア治療の可能性としては、震災で大きな被害をこうむった高齢者施設が再建されていますので、そういった場所に顔を出すと喜ばれそうです。

 次に宮城県石巻市の「障がい者ベース石巻にょっきり団」のMさんとの会話。

 「中心になる障がい者メンバーで毎年、新年度はどんなことを活動していこうか、話し合っています」とのこと。

 石巻市は東日本大震災で最も亡くなった方の多い自治体です。その数は突出していて3千人を越えます。もともと宮城県で2番目に多い人口を抱える上、沿岸に街が分布していたのが災いしたと言えそうです。その被害の様子は、石巻市は市内にある日和山(ひよりやま)から沿岸部を一望できます。

 今後、ボランティア治療と同時に一種のスタディ・ツアーとして現地の方に案内してもらい、被災当時の様子と復興過程を教えてもらうのも有意義だと思います。

 3.11から間もなく まる7年になります。はり灸レンジャーの新しいメンバーの中には、震災直後の東北の様子を目撃していない人も増えています。漫然と現地を訪れても当時の様子はなかなか分かりません。地元で奮闘している方々の助けを得て、当時の話を伺い、そして現在の復興状況を重ね合わせることで、被災地のいまを立体的に理解できることでしょう。

 私たちのボランティア活動も、現地の方々の気持ちに応えながら、新たな形を模索していていきたいと考えています。

(舟橋)