第8回東北訪問

【概要】 2013年5月3日(金)~5月5日(日)

 
(登米市 南方仮設住宅)         

 今回は新しい鍼灸師メンバーも参加。これまでの現地訪問人数は10名に及ぶ。
 被災者の慣れない仮設住宅の暮らしも長くなると、慢性期疾患が目立つようになる。そういった心身の不調には、日頃のケアが重要になってくるので、毎回セルフケアをお願いしている。東北の人はまじめな方も多く、指示したセルフケアをしっかり続けられていて、次に訪問したときに改善されていることもよく聞く。継続して治療できることは、治療師にとっても、安心できる。同じ場所を継続して再訪問することの大切さも感じた。

(森川)

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活動メンバーによる報告

第8回訪問予定

東北大震災直後のゴールデンウィークに、ボランティアへ行ったのが、はじまりでした。あれから2年、グループとしては8回目、また新たなメンバーを加えた「はり灸レンジャー」が参上します!

【予定期間】
2013年5月3日(金)~5月5日(日)

【参加者】
舟橋寛延 (サンリ治療院 院長)
清水真奈美 (サンリ治療院 勤務)
岡本悠馬 (南天はり灸院 院長)
森川真二 (SORA鍼灸院 院長)

【活動予定】
5/3(金)
仙台駅にメンバー集結
レンタカーにて、南三陸町まで北上
現地職員、関係者の施術

5/4(土)
終日 登米市 南方仮設住宅にて施術

5/5(日)
南三陸町 入谷福祉型仮設住宅にて施術
気仙沼視察後、仙台へ

活動内容はまた後日ご報告いたします。

第8回訪問活動記録

はり灸レンジャーの第8回目の活動記録です。

今回もゴールデンウィークを利用して、4人の鍼灸師が参加しました。
初参加は岡本先生。
いま数えてみると、これまで「はり灸レンジャー」の枠で現地に同行したメンバーは10名を数えます!

【参加者】
清水真奈美 (サンリ治療院 勤務)
岡本悠馬 (南天はり灸院 院長)
森川真二 (SORA鍼灸院 院長)
舟橋寛延 (サンリ治療院 院長)

【活動日時と場所】
5/3(金)
4人のメンバーはそれぞれの仕事を工面して空路、あるいは夜行バスでまず仙台に集合。
今年の連休はどこも人出が多かったようで東北道も混んでいて夜行バスの場合、2時間遅れでした。
仙台駅にメンバー集合して、レンタカーにて、南三陸町まで北上します。
もうお馴染みになっている現地職員さんのご家庭を訪問して、鍼灸施術を実施しました。
こちらのお宅では、治療後にお茶っこ会でよもやま話に花が咲きます。
●施術数 4名(4名) 括弧内は2回目以上の治療になります。

5/4(土)
終日 登米市 南方仮設住宅にて施術。
この南方仮設は南三陸町で被災した方々が入居しています。
現地に足を運ぶとすぐ分かるのですが、南三陸町は海岸線が津波にやられ、もともと平地が少ないこともあり、仮設住宅を建設する土地が充分ではありません。そこで南三陸から西の方角にあたるお隣の登米市に350世帯という大規模仮設が建設されました。
南三陸町が管轄する仮設は全部で54か所あると聞きました。いままで閉鎖・解消もされていないのではないでしょうか。
大半は50戸以下の小規模仮設ですが、ここ南方仮設は350世帯と最大規模です。
大きな仮設ですから治療を受けるかたも比較的多人数になるため、レンジャーの数が多い時にお邪魔しています。
昨年の9月に続いて2回目の訪問では、一日かけてゆったりと治療できました。
●施術数 32人(17人)
(この日 夕方には森川さんは帰宅)

5/5(日)
午前中 南三陸町 入谷福祉型仮設住宅にて施術。
ここも訪問回数の多い仮設住宅です。様々な事情で家族と暮らせなかったり、単身の方で心身に障害のある人々がお住まいです。
職員さんも含め楽しみに待っていて下さるので、ありがたいことです。
なにしろ幹線道路から入った仮設住宅ですから、慰問やボランティア団体の訪問は皆無と聞きます。ますます我々の訪れる意義を感じる次第です。
●施術数 10人(7人)

以上で治療活動は終了し、午後からは気仙沼視察後、それぞれ用事のあるメンバーは残り、帰宅するメンバーは仙台へと別れ現地解散となりました。

今回の2泊3日の活動で46名の方々の治療を実施しました。
またあまり窮屈な日程ではなかったので、現地の方々ともじっくりお話しができ、レンジャー同士も宿舎で討論や治療練習を行なうなど有意義な活動になりました。
個々の参加者からの感想や報告は後日、また本ブログにアップしていきます。

(舟橋)

印象的な言葉 (南方仮設にて)

こんにちは。はり灸レンジャーイエローの清水です。

第8回目のはり灸レンジャー東北訪問に参加させていただきました。

今回もはり灸治療を通じて、たくさんの人とお会いすることが出来ました。
また、前回の訪問時に治療させていただいた方との再会もあり、前回治療後の体調の経過やその後の生活の変化のお話などを伺うことが出来ました。(これは継続して活動をしているからこそ、出来ることですね)

今回、2回目の訪問となる登米市 南方仮設住宅でも色々なお話を伺いました。

前回訪問時は昨年の9月。そのときは(仮設住宅で)始まった新しい生活についての悩みや不安などのお話を多く伺いました。
しかし今回は、「膝が痛くて散歩ができない」と嘆いているおばあちゃんや、「ゲートボールのやり過ぎで肩を痛めた」とぼやく男性、
はたまた「母がはり灸に興味があるが、どんな治療か試しに受けてきてと頼まれた」とやって来た息子さんなど…
お体の状態や治療を受けにきた理由は様々ですが、その内容は私の地元、岐阜の治療院にやってくる患者さんとそんなに変わらないものとなっていました。
仮設住宅の近くには病院や接骨院もあるそうで、そちらをかかりつけにして体調管理のできている方も以前より多くなっている様子でした(とても喜ばしいことです!)。

元のお住まいのある南三陸町では、宅地造成のための土地整備が(限られた場所で)始まったばかりと聞きます。
南方仮設に暮らす方々の生活が本当の意味で落ち着くまでにはまだまだ時間がかかるのでしょう。

それでも、「ちゃんと生活していかなきゃね」とおっしゃった女性の言葉が、今回の訪問で一番印象的でした。

はり灸レンジャーとして活動に関わり2年あまり。沢山の方から学ぶ事ばかりです。
この活動から得たものを患者さんに、そして次の訪問でお会いする方にお返しできるようにこれからも頑張っていきたいと思います。

6回目の東北ボランティア

こんにちわ、はり灸レンジャーブルーの森川です。

自身としては6回目の訪問になりました。短い滞在期間でしたが、今回もまた中身の濃いボランティア活動でした。

5/3(金) 仙台→南三陸
前日治療院を終えて、そのまま大阪へ。GWの渋滞もあって約14時間、高速バスにゆられて、朝仙台に到着。メンバーと合流し、レンタカーにて南三陸町を目指します。仙台の駅前も、レンタカーも、南三陸町への道中も、すっかりなじみのものになりました。
お昼過ぎに直接、被災者のお宅へ訪問。はじめての訪問から、ちょうど1年が経ちました。今回で5回目の治療になるご家族もおられます。あの津波があって、生活や環境が一変。「あの津波がなければ…」というお話は、度々聞くことですが、本当に心が痛みます。当然、ご病気やお身体の調子にも、大きく影響してきます。その生活背景というものがいかに重要かがわかります。
この日の活動は軽めに終えて、宿舎に戻ります。他の鍼灸師メンバーとの交流も、日常の治療院にいるだけでは得られない貴重な時間です。

5/4(土) 登米市
この日は、登米市にある南方仮設住宅にて、終日治療。昨年の初回訪問時は、半日で40人近くの施術でしたが、今回は一日で32人の施術。じっくり治療を行なえた印象があります。
前回も治療を受けられた人、前回来れずに今回を心待ちにしてくれていた人、お灸をご自分で用意され治療点を聞きに来られた人、たった1回の治療でも楽しみにされていることに嬉しく思います。
そして、震災以来ゆっくり休むまもなく被災者の支えとなっている現地職員の方々の治療では、その苦労が感じ取れます。からだは疲れているのに、気持ちが高ぶって眠れないということも聞きます。休まなければいけないということがわかっていても、思うように休めない。反応点の出ているのも、やはり感覚器の集まる頭部によく感じました。脳に近い不調が交感神経も活動させているのでしょう。頭部のセルフケアをお願いしました。
今回はここでメンバーと別れ、一足先に帰路につきました。帰りは仙台まで帰られる職員さんの車に便乗させていただきました。車内では、地元の風土や名産なども教えていただけました。また、被災から復興に関わる問題や悩みなども。私たちに解決できるようなことではありませんが、身体のケアから少しでもその一助となっていただければと願います。

(つづく)

鍼灸の役目

被災地で抱えている問題は、私たちの身の回りでも起こることです。震災によって、より浮き彫りになります。それは、身体の不調もしかり。その治療ポイントも、より明白になります。

問診にて、「一番つらいところは?」とお伺いすると、腰痛、肩こり、しびれ、膝の痛みなど、やはり痛みの症状をよく訴えられます。鍼灸治療が、そういった痛みやコリに対して効くというイメージもあるのかもしれません。痛みが生命に左右することは少ないですが、活動性や意欲の低下にもつながるので、おろそかにはできません。また、痛みの陰には、内臓の疾患や不調もあるので、注意深く診ていきます。こういった痛みのつらさに対しては、鍼灸治療に即効性もあるので、セルフケアと共に1回の治療でも価値があります。

さらに詳しくお話を伺いお身体を拝見していくと、不眠症やめまい、夜間頻尿などの症状も多く聞かれます。睡眠障害は、生命にも関わるような重大な疾患のリスクを高めることも知られているので、要注意です。慣れない仮設住宅暮らしやこの先の不安など、環境や精神的なことも大きく影響してくるでしょう。しかし、身体の不調からくるものもあります。そういった部分へのアプローチは、日頃のケアが重要になってくるので、セルフケアをお願いします。東北の人はまじめな方も多く、自己ケアをよくされて、次に訪問したときに改善されていることも聞きます。継続して治療できるのは、治療師にとっても、安心です。

振り返れば、被災地のボランティア治療は、日常の治療にもつながることです。被災地だから、治療院だから、と関係なく、どこでも誰に対しても施術が行なえる、鍼灸治療の良さや役目もまた改めて実感しました。

(森川)

鍼灸ボランティアを通して東北を引き寄せる

はじめまして!このたび、はり灸レンジャー・はり灸ブラックを拝命いたしました、岡本悠馬です。
第8回のはり灸レンジャーからの参加となります。

5/2(木)大阪→仙台へ

4月12日に就航したばかりのLCC(格安航空会社)、ピーチ・アビエーションで関空から仙台へ飛びました。

東北へ行くのは初めてだったので、初日は東北大学に留学している中国人の友人に連れられて、市内を散策しました。

この友人とはもう8年近い付き合いになります。
私が中国の広州に留学していたとき、彼はその留学先の大学で日本語を専攻していました。
大学の先生の紹介で知り合い、日本語と中国語の交換学習をしていました。それ以降も日中を行き来しつつ、ずっと交流が続いています。

2011年、彼が仙台に行く直前に東日本大震災が起こりました。

周囲の反対もあったようですが、1カ月遅れで来日し、研究生を経て現在は大学院で学んでいます。友人から、当時の市内の様子などを聞かされながら、自転車で市内各所を巡りました。

5/3(金)南三陸町

ボランティア初日。

仙台駅で他のメンバーと合流し、初日の目的地である南三陸町へ向かいました。

「このあたりから津波の被害があった地域ですよ」と言われて初めてハッとしました。
がれきはあらかた撤去され、平らな地面が広がっていました。
ここが以前どんな街だったのか、わずかに残っている建物や、家屋の基礎部分などを見て、想像をふくらませるしかありません。
「ここであの大津波が起こったんだ」と、半ば自分に言い聞かせなければ想像できない、実感としてとらえきれないもどかしさがありました。

震災のむごさを思い知らせるのは、更地の真ん中にポツンと佇む防災庁舎です。
赤い鉄骨だけになった3階建ての庁舎からはパイプが垂れ下がり、風に吹かれてきしんだ音を立てていました。ねじ曲がった非常階段の手すりが、水圧の激しさを物語っています。

玄関だったところには祭壇が設けられ、献花、黙祷をする人たちが次々と訪れていました。

南三陸では、現地の職員さんのご自宅で鍼灸治療を行いました。

他のメンバーはすでに何度か訪れているということで、親戚の家にやってきたような、なごやかな雰囲気の中で治療が行われていました。

治療後はお茶とお菓子を頂き、こちらのお家が養殖しているワカメまで頂いてしまいました。

帰宅してからも味噌汁などに入れて、美味しく食べています(たくさん頂いたのでまだ残っています)。

5/4(土)登米市 南方仮設住宅

南三陸町の隣、登米市にある南方仮設住宅にて治療を行いました。350戸という、最大規模の仮設住宅です。

90歳を超えて仮設住宅で一人暮らしをされている方、ボランティア組織の職員の方など、10人近い方を治療しました。

限られた治療時間で、普段の治療とは異なる環境に慣れるのに少し時間を要しました。
もう少しお話ができたらと思ったのですが、とにかくここでは体のケアに集中することにしました。

5/5(日)南三陸町 入谷福祉型仮設

前日訪れた南方仮設は登米市の市街地近くにあります。周辺にはコンビニなどもあり、比較的便のいい場所です。
この日訪れたのは、前日とはうってかわって、山あいにある小さな仮説住宅です。風景の美しい場所でした。

舟橋先生の記事にもあるとおり、ここへの慰問やボランティア団体の訪問は皆無だということです。だからこそ、私たちのように、大がかりな設備や機器も要さない小回りの効くグループが役に立てます。

治療は午前中に10人ほど行い、本日程は終了となりました。

午後は気仙沼市へと向かいました。
5日と6日には現地に住む友人やご家族の治療を行い、地元の状況について事情をお聞かせ頂きました。
気仙沼市内にも90カ所以上の仮設住宅があり、鍼灸で役に立てることは数多くありそうです。

「大海の一滴」ではありますが、今後も息の長い活動として、参加していくつもりです。

市内で一泊して仙台に戻り、5/7(火)の夜の便で関西に戻りました。

今回の東北行き、私はゴールデンウィークの真ん中を外したので、航空券代は往復で1万2000円程度に抑えることができました。

時期によって変動しますが、片道12時間程度かかる高速バスと同程度の価格ですから、今後は関西から東北へ行くには、LCCが第一選択になるでしょう。
飛行時間も約1時間半と、ウトウトしているうちに到着してしまいました。

座席も往復ともに満席だったようで、関西にとって東北が少しでも身近になったことを嬉しく思っています。

(岡本)